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会社の始まりについて姉のヨウコさんに教えてもらったアツシ君。今度は日本の「会社」と「株」について知りたくなりました。

坂本龍馬=ベンチャー企業家!?

 前号では、株式会社の制度がヨーロッパで誕生したいきさつを述べました。では、それを見習って日本で最初にできた「会社」は何だったのでしょう。一般的に広く知られているのが、幕末の風雲児、坂本龍馬が1865年に長崎につくった「亀山社中」です。

これはオランダ東インド会社と同じように海運と商業を行っていました。外国商人から武器や物資を買い付け、それを船に乗せて運び買い手の藩に売る、という仕事がメインでした。


時代を先取りしていた亀山社中

 亀山社中は、株券の発行、株主、取締役、簿記会計といった株式会社のしくみがはっきりしていたわけではありませんが、出資者が資金を出しあい、龍馬たちメンバーが事業を運営する「資本と経営の分離」が行われて、利益の一部を出資者に配当するという、近代的な会社経営のしくみが備わっていました。

龍馬に口説かれた福井藩主・松平春嶽が、純粋な「投資家」として亀山社中に出資したという出来事は、まさに時代の先取りでした。


幕末のM&A

 最近、企業の合併や経営統合のニュースが頻繁に聞かれるようになりましたが、幕末の亀山社中は他社との企業合併もいち早く経験しています。龍馬の会社がピンチに陥ったのを見かねた土佐藩の後藤象二郎は、亀山社中と藩営事業の土佐商会との合併を斡旋しました。

この合併によって亀山社中は「海援隊」という新しい社名に変わっただけでなく、出資比率も変わり、今で言う「筆頭株主」は薩摩藩から土佐藩に入れ替わりました。


もう一つあった幻のカンパニー?

 「日本で最初の会社は亀山社中ではなく、小栗上野介忠順がつくった『兵庫商社』だ」と主張する人もいます。小栗は徳川幕府のエリート中のエリートで、大坂の豪商たちから巨額の出資金を集め、1867年に兵庫(今の神戸)で貿易を行う会社を大坂に設立しました。

組織や決まり事をこまごまと書いて会社の「形」はきれいに整っていたのですが、本格的な事業を始める前に幕府が倒れてしまい、兵庫商社は自然消滅してしまいました。


東京株式取引所のはじまり

 明治維新の後、欧米の会社制度を翻訳・紹介する本が出版されます。文明開化を推進する明治政府も経済の近代化に欠かせない株式会社制度の創設に動き出し、国立銀行条例を制定して1873年、「第一国立銀行」を設立しました。

この銀行は株券を発行して取締役や会計の制度を整えた、正式な株式会社の第1号でした。その後、株式会社は次々と設立され、1878年には現在の東京証券取引所の前身「東京株式取引所」が開設されました。


〈次回予告〉
次回は株式投資が新興国アメリカでどのように発展し、ニューヨークがどのように世界の金融の中心地になったか、一緒に勉強しましょう。

寺尾 淳(てらお じゅん)
同志社大学法学部卒。経済関係出版社勤務等を経て86年からフリーランス。86〜92年「週刊現代」「NEXT」で主に経済記事を執筆。92年以降「Forbes日本版」を中心にビジネス雑誌の仕事を続ける一方、単行本も10冊以上出版している。更に詳しく
イラスト/ヨツモト ユキ
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