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今回は、新興国アメリカで株式投資が発展し、ニューヨークが世界金融の中心地になるまでのお話です。

西部開拓と共に起きた株式投資ブーム

 株式会社の制度が誕生したのは17世紀のオランダですが、株の取引が盛んになり、一般市民の間に株式投資が広まったのは、19世紀の新興国、アメリカ合衆国でした。

当時のアメリカは西部開拓時代で、郵便、銀行、電信、鉄道、新聞など近代社会の基本的なしくみが急速に整えられました。鉱山の開発、鉄道業、石油の採掘など新しい産業が次々に興って、ちょっとお金持ちの市民の間で株式投資ブームが起きる条件が揃っていました。


鉄道会社が雲隠れ?

 南北戦争が1865年に終わり、1869年に大陸横断鉄道が完成した頃、アメリカは空前の鉄道建設ブームに沸いていました。

鉄道会社が雨後のタケノコのようにでき、株券を発行して出資を募りましたが、中にはレールを敷く間もなく雲隠れするような会社も現れ、大損する投資家が続出しました。懲りた投資家たちは、資金が欲しいのなら、1790年に設立されていたニューヨーク証券取引所に株式を上場するよう、要求するようになります。


証券取引所への上場、その理由

 なぜ、投資家は株式の証券取引所への上場を要求したのでしょう。それは、その会社が「投資してください」と言って流す宣伝文句よりも、証券取引所が発表する株価の数字のほうが、はるかに信用できるからです。

同業の他の会社よりも株価が高ければ、投資家からの評価が高いから投資する価値がありそうだと、客観的に判断できます。もし株価がかなり安ければ、「この会社は危ないんじゃないか」と、投資を避ける判断ができます。


現代の株式投資スタイルの完成

 19世紀後半、ニューヨーク証券取引所の上場企業数は急増し、取引仲買人の証券会社が周辺の「ウォール街」に集まります。投資家はたとえ西部の片田舎に住んでいても、銀行の窓口からウォール街の証券会社にあらかじめ送金しておけば、新聞の株式欄で前日の株価を確認しながら、電信で売買注文を伝えることができました。

報告書は後日、鉄道を利用した郵便で届きます。こうして現在の株式投資のスタイルがほぼできあがりました。


世界の金融中心地へ

 ニューヨーク周辺だけでなく全米から、ちょっとお金持ちな市民の投資資金を集めたニューヨーク証券取引所は大発展し、海の向こうのヨーロッパからもお金が集まってきました。

19世紀末から興った石油精製や鉄鋼、自動車などの重工業は工場建設や設備に巨額の資金が必要でしたが、ここなら比較的容易に調達できました。こうして新興国アメリカは大産業国家へと急成長し、ニューヨークは世界の金融の中心地になっていったのです。


〈次回予告〉
日本では明治維新後、株式市場はどのように近代化したのでしょうか。次回をお楽しみに。

寺尾 淳(てらお じゅん)
同志社大学法学部卒。経済関係出版社勤務等を経て86年からフリーランス。86〜92年「週刊現代」「NEXT」で主に経済記事を執筆。92年以降「Forbes日本版」を中心にビジネス雑誌の仕事を続ける一方、単行本も10冊以上出版している。更に詳しく
イラスト/ヨツモト ユキ
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